今年の甲子園も連日の熱戦で盛り上がりましたね!
どの試合も、選手たちの雄姿に目頭が熱くなりました。
今日は、
「甲子園に取り憑かれていた」と自ら語るある名将が
「勝利至上主義」から脱却し、
指導者として変化することでチームを変えた話
をご紹介したいと思います。
その名将とは、
無名だった青森の光星学院(現・八戸学院光星)を
強豪校へと押し上げ、
巨人の坂本勇人選手をはじめ多くのプロ選手を育てた
金沢成奉監督。
12年には明秀日立(茨城)に移り、
18年にセンバツ出場を果たしています。
「甲子園出場」にこだわるその指導法は、
徹底的に鍛えるスパルタ式。
そんな金沢監督が
指導法を変える転機となったのが、
2年前のコロナによる甲子園の中止だったそうです。
野球をやることの意味を見失い、
子どもたちが落ち込む姿を見て、
指導者としてどう対応していいか分からない
無力さを感じていたそうです。
活動中止期間が明けると、自ら変化することを決断。
甲子園で勝てるチームを作るために試合で起用する選手を固め、
その主力選手たちを中心としていた練習法を改め、
「補欠を作らない」ことに重きを置くようにしたそうです。
「補欠には補欠の役割がある」という固定観念を捨て、
全員で同じ練習をすることで
どこかで諦めたり、妥協していたかもしれない選手が
最後までやりきる姿を目の当たりにして、
自分の固定観念で選手のやる気を失わせていた
ことに気づいたそうです。
そして、もう一つ。
変化の一環で始めたのが、
選手同士でほめ合うミーティング。
1人3分間、3人をほめる。
これを監督も入れて、毎日行ったそうです。
仲間から認められることで、
選手のモチベーションが上がり、
チームの雰囲気が良くなっただけでなく、
ほめる部分を探すために、
気づく力を養うことにもつながったそうです。
ビジネスの世界でもそうですが、
成果をあげなければ意味がない、
と、そこにばかりこだわっていると
大切なことを見失っているかもしれませんね。
そのことに気づけ、
変化することに躊躇のなかった金沢監督を
ぜひ見習いたいですね。
参考:『坂本勇人の恩師・金沢成奉が「甲子園に取り憑かれていた」から「補欠を作らない」に変わったワケ』
『巨人・坂本勇人らを育てたコワモテ監督が勝利至上主義からの脱却「選手の舞台を自分が奪ってしまっていた」』